データモデルの学び
Created by Masashi Satoh | 12/09/2025
はじめに
この記事は、本編の「ヴァルドルフ/シュタイナー教育におけるICTカリキュラムの骨格を形づくる」を補強するものです。
前セクションで紹介した、多桁の加算機の製作を中心に展開するコンピュータとインターネット技術の基礎の学びは、非常に包括性の高い良質の学びですが、それだけでコンピュータ技術の学びが完結するわけではありません。
上述の学びは、どちらかというと、コンピュータのハードウェアの側面に寄っており、また、コンピュータを時間軸に沿ってプロセスを遂行する装置として見る視点が強い内容でした。
コンピュータが現実世界の事象を情報として処理することを目的としている以上、それらの情報がコンピュータの内部でどのように扱われているかにも目を向ける必要があります。
ディジタルコンピュータでは、空間的な広がりとしてイメージできるメモリ空間における0と1の並びを組織して、数値や文字などの情報を0と1のパターンのなかに表現します。プロセスの学びが時間的な要素を扱うのに対し、データ構造の学びでは空間的な要素を扱うわけです。この両輪の学びによって、私たちは初めてコンピュータ技術の全体像に触れられるのです。
このメモリ空間をデザインする技術の学びをわたしたちはデータモデルの学びと呼びましょう。
生徒がパーソナルコンピュータに触れ、アプリケーションを利用したり、プログラムを作成したりする前に、ここに紹介するデータモデルの学びを経由することをわたしは皆さんにお勧めします。
この学びこそが、世界の諸事象とコンピュータの接点を知る学びであり、アプリケーションの背後で何が起こっているのかを理解する鍵であり、プログラムに明晰さを与える土台となるものなのです。思春期の生徒たちが自らの思考の力によって、世界と結びつくのを援助する上でも、この教材はとても役立つでしょう。
どのような型を取り上げるか
ヴァルドルフ高等部の限られた時間のなかで取り扱うデータ型をいくつか挙げるならば、整数型、浮動小数点型、文字列型、ポインタ型、そして配列に絞られると思います。
この後で詳しく取り上げますが、これらの学びの意義はおおよそ以下のように位置づけられると思います。
- 整数型:すべての型の原型です。あらゆる型は整数型の意味を拡張し、あるいは組み合わせることによって、幅広い概念やデータ管理の仕組みを実現しているのです。
- 浮動小数点型:この学びは、人が世界を認識し記述する方法のモデルを示す興味深い学びです。視覚的認識に例えれば、人間の視覚能力には限界があるので、大きなものを視るには遠ざかる必要があり、小さなものを視るには近づく必要がありますが、浮動小数点型はそれによく似ています。仮数部の解像度にちょうどよく収まるように、指数部を調整することによって、幅広いレンジの数値をプログラムから扱えるようにするのです(正規化)。
- 文字型・文字列型:自然言語を表現するための文字と文字列をコンピュータがいかに処理しているのかを理解する、たいへん魅力的な学びです。概念をIDに紐付けて操作可能とする手法や、長さが変化する動的な構造を扱う手法について、生徒たちはわくわくしながら学ぶことができるでしょう。
- ポインタ型:データ構造に動的な性格を付与するための基本的な仕組みです。文字列操作にも、この仕組みが活用されています。コンピュータが、あたかも生き物のようにふるまうとき、その背後にはポインタ型の働きがあるはずです。
- 配列:スプレッドシートアプリケーションを実現する仕組みとして紹介します。
生徒たちはこれらの学びを通して、メモリーが人間によって区画され、固有の意味が与えられ、数値や文字などの事象をどのように表現し、どのように操作していくのかを理解します。まさに、人間を主体にしたコンピュータ技術の学びの真骨頂と言えるでしょう。
生徒たちは、世界の事象をデータとして表現することの奥深さや面白さとともに、その限界や落とし穴にも気づくことができます。そして、この学びの中に、検索エンジン、生成AI、ブロックチェーン技術などの本質を理解可能にする基本要素がすべて含まれているのです。
そして、データモデル-プロセス-操作のアルゴリズム、この3つによってプログラムは完成します。それゆえ、データモデルについての学びは、必須の学習要素だとわたしは考えています。
それでは、個々の型からどのような学びが展開できるのか、詳しく見ていきましょう。
準備
bit、byte、wordとメモリーマップイメージ
まず、準備として、bit、byteの単位についてごく簡単に説明しておきましょう。
言うまでもなく、bitはひとつのメモリーが保持できる最小の情報単位です。0と1のふたつの状態を保持することが可能です。
byteの定義はIBMのSYSTEM 360に起源をもち、ラテン文字のアルファベットと数字、記号類を網羅的に扱うのに256パターンを表現できる8bitが必要十分だったことから定着した歴史があります。
生徒たちには、2進数の情報は2の倍数の単位が扱いやすく、さらに、それを人がわかりやすく把握するために16進数表記が用いられるため、16進数一桁分の4bitの倍数が適していることも伝えます。このような事情から、コンピュータはメモリーを8bitの倍数の幅で構成するようになったと説明します。
ひとつのアドレスが振られたメモリーブロックをwordと呼ぶことにも触れ、コンピュータ内のメモリーの構成の概念図を黒板に示します。
001 ____
002 ____
003 ____
004 ____
005 ____
006 ____
007 ____
008 ____

上手のマス目のひとつひとつに、「クロックとメモリー」のセクションで取り上げた正帰還装置があり、それがずらりと並んでいるわけです。この時点で、正帰還Bufferの記号を書くと、生徒たちは「ああ、あれね」と思い出すようになっているはずです。
コンピュータ内にこのようなメモリーのマス目が列状に並んでいるイメージを生徒たちがしっかりもつことが重要です。コンピュータが動作するということは、この意味的にまっさらなメモリーセルの原野が、人間によって意味づけられたパターンに秩序づけられ、織りなされていくということなのです。
概念としてのメモリーアレイをイメージできたら、あわせて物理層の話もします。
日常のなかの記憶装置と概念についての理解
まず、日常生活のなかの記憶装置について目を向けます。ノート、書籍も立派な記憶装置です。それらはコンピュータ技術が生まれるずっと以前から存在してきました。
重要なのは、ノートに書かれた文字や書籍の活字が、デジタル情報であることに気づくことです。ここでは、特定の概念と結びついたシンボルを記した情報であるというデジタル情報の性質について述べています。
本が濡れたり破れたりしても、そこに書かれた文字が特定できれば情報自体は劣化しません。印刷された文字がデジタル情報だからです。ただし本に印刷されたものが写真のような映像である場合には、アナログ量の変化の集合として記録された写真の情報は劣化を免れません。この違いをしっかり生徒にも確認しておきましょう。
数値情報の記録も、算盤やそろばんなどのように、珠の有無や位置などで数値を記憶させることは、古代から行われてきました。これも文字と同様に、事物の状態と数の概念を対応づけたデジタル記憶です。コンピュータのメモリーも、その仕組みとしては算盤やそろばんと大きな差はありません。実際、バベッジの解析機関やツーゼのZ1は、機械的な仕組みによってそろばんの珠を動かすのとさほど変わらない仕組みで、記憶装置を形づくっていました。
さて、ここまで概念というキーワードが度々登場しました。この機会に自分たちに内面に目を転じ、概念とは何であるのかについて生徒たちと話し合っておくと、全体の学びが有意義になるでしょう。
人間は、感覚を通して世界から受け取った表象を、思考の働きを通して自らの概念にします。次にその対象と出会ったとき、思考はただちに対応する概念を呼び出してそれが何物であるかを明らかにします。これが、わたしたたちが何かを知っているという状態です。
わたしたちは、対象と向き合っていないときにも、その対象の概念を想起し、それについて新たな思考内容を加えたり、操作することもできます。日常生活のなかで、わたしたちがこの自らの精神活動を意識することはほとんどありませんが、それでもわたしたちは日々このようにして世界と向き合っているのです。
とくにAIについて論じるとき、精神的存在としての人間の内的な活動の具体性についての確かなイメージを基盤として、わたしたちはそれに向き合う必要があります。人間の精神活動をAIのような機械的なモデルで取り扱うような愚はおかすべきではありません。
さて、文字にしても、数値にしても、コンピュータで扱う情報は、そもそもコンピュータのなかには存在しないものです。コンピュータがあたかも数値のように取り扱うものが、実際には、二値情報のパターンの組み合わせにすぎなかったことを思い出しましょう。(「リレーによる加算機回路製作の詳細」参照)
コンピュータが二進数によって動作しているという一般の理解は、幻想に過ぎません。
コンピュータがあたかも二進数を操作しているかのように振る舞わせるために、人間は一定のパターンと二進数の概念を対応づけ、二進数の数理概念に一致するようなパターン操作が可能になるように論理回路をつくりました。それでもなお、機械としてのコンピュータが操作しているものが、単なる二値パターンであることに変わりはありません。
こうして、コンピュータとは、パターンと概念を結び合わせて操作し、結果のパターンと対応する概念を人間にとって意味のある結果として取り出す装置であることが明らかになります。コンピュータが概念をもち、意味あるものとしてそれを操作するということは原理的に起こりえないのです。
コンピュータのふるまいと概念を結びつけている主体は人間だということを、常に意識しながら授業を進めましょう。
メモリー装置の実装
このような前置きの後、現代主流となっているメモリーを実現する仕組みについて、ざっくりと生徒に紹介します。たとえば以下のようなものです。手持ちの時間と生徒の関心の度合いによって、内容は調整してよいと思います。
- 半導体メモリー(スタティックRAM、ダイナミックRAM、Flashメモリー)
- 磁気メモリー(FDD、HDD)
- 光学メモリー(CD、DVD、Blu-ray)
もしも生徒たちの関心が高いようであれば、コンピュータの歴史と関連させて、ABCのコンデンサドラム式メモリー、UNIVAC Iの水銀遅延線メモリ、必要であればBabyのCRTメモリーなども紹介し、現在のメモリーの主流であるダイナミックRAMにこのアイディアが引き継がれていることを話してもよいと思います。このシンプルなアイディアは、当時も今も、低コストでメモリーを大容量化することを目的に誕生したことに触れます。
このような工夫の積み重ねで、あふれるように大量の記憶域を低コストで利用できるようになり、日常生活レベルでも、わたしたちの目の前を大量の情報が行き交うようになったことを、生徒たちと確認しましょう。
不揮発メモリとして現在の主流となったフラッシュメモリにも、触れるべきでしょう。深く仕組みに立ち入らなくとも、このメモリがいかに身近な存在として利用されているかには目を向けるとよいと思います。

そして、「クロックとメモリー」のセクションの学びのおさらいとして、これらの装置がすべて装置や物性のもつヒステリシスな特性(正方形の積み木の図)をもちいた正帰還システムであることを確認しましょう。
たとえばダイナミックRAMが情報を保持するコンデンサ自体は長く情報を保持する力をもちませんが、定期的にデータのリフレッシュをかけるシステム全体をみればそれが正帰還回路を形成しているのです。
この閾値をもつというヒステリシスな特性と極性をもつ情報のもつ極傾向を強化しようとする正帰還特性が、アナログ記録とデジタル記録を分けるところです。
ここまでの準備ができたら、様々なデータ型についての学びに入ります。
整数型
最初に、シンプルな数値情報である整数型のデータモデルを取り上げましょう。整数型はもっとも基本的なデータ型です。整数型はあらゆる型構造の基本であり、シンプルでありながら、非常に奥の深い学びの要素がここにあります。
ビット数と扱える数値のレンジの関係性に始まり、負の数の表現方法、2の補数の考え方、オーバーフローなど、取り上げるべき要素はいくつもあります。
また、整数には、IDの性格を付与させて、事象や概念をコンピュータで取り扱えるようにする用法があります。これもたいへん重要な一面ですが、これについては、文字という概念をIDによって操作する型である文字型・文字列型のセクションで触れることになるでしょう。
ここでは数を表現する基本的な型としての整数型の性質を見ていきたいと思います。
浮動小数点型
文字型・文字列型
文字型は、コンピュータに自然言語を通じた人とのインターフェイスを提供するたいへん重要な仕組みです。しかし、その原理自体はたいへん単純なものであることは、「情報処理の基礎」の項ですでに触れました。
ここではさらに踏み込んで、ひとまとまりの文字型を文字列として取り扱う文字列型の動的な仕組みを学びます。
ポインター型
配列
おわりに
いかがでしょうか。データモデルの学びの奥深さ、重要性を実感いただけたかと思います。
ここまでの学びによって、わたしたちはコンピュータという装置の本質に至ることができました。ここまで基礎がためができれば、あとは応用です。お疲れ様でした。
- ヴァルドルフ/シュタイナー教育におけるICTカリキュラムの骨格を形づくる
- The History of Computers(Currently being produced)
- リレーによる加算機回路製作の詳細
- シーソーによる論理素子
- クロックとメモリー
- リレーの起源と電信装置
- シーケンサーについて
- About the Battery Checker(Currently being produced)
- インターネット
- データモデルの学び
- Learning Programming and Application Usage Experience(Currently being produced)
- Human Dignity and Freedom in an ICT-Driven Society(Currently being produced)







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